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サスケ

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バリ島物語「小さな島の壮大なストーリー」Part4

2017年4月8日


こんにちは、バリ倶楽部のさすけです。
この記事のシリーズでpart1からpart3はバリ島の繁栄と平和な時代のお話でした。今回のpart4はバリ島の激動の時代のお話です。この時代から先のバリ島は、宗教観や文化、社会などあらゆる面で劇的に変わりました。

逆に日本史にあまり詳しくないのですが、日本でいう戦国時代や太平洋戦争と同じくらい先の時代に大きな影響とインパクトをあたえました。
今回の記事上の時代は1300~1500年代(鎌倉時代中期から室町時代)の出来事です。

「苦いヒョウタン」という大国

バリ島の西となりの島、ジャワ島東部に1293年から1500年まで繁栄した王国が存在しました。王国の名は「マジャパヒット」です。マジャはヒョウタン、パヒットは苦いという意味です。
マジャパヒット王国の黄金期はインドネシアだけではなくシンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、パプアニューギニアまで領土を広げ統治していました。

バリ島も1342年にマジャパヒットの首相(宰相)ガジャマダとアルヤダマール将軍率いるマジャパヒット軍に攻撃されて、7ヶ月間の合戦の末、マジャパヒット軍はバリ島の首都を制圧したと言われています。

当時のバリ島はマジャパヒットに統治されるのは断固反対の村々がバリ島各地に数多く存在しています。彼らはマジャパヒットと戦いながらマジャパヒットが持ってきた新たな宗教観や文化を拒否、今もなお古代バリ島の宗教観や文化を貫いています。

マジャパヒットがバリ島にもたらした影響

バリ島がマジャパヒットの統治下になってから、ジャワ島からの文化や芸術がいっきに伝わってきました。現在のバリ島の寺院、建築、舞踊、芸術作品のほとんどはマジャパヒット時代の文化交流の結果だと言われています。現在のバリ島には良い影響もありますが悪い影響もあります。マジャパヒットがバリ島にもたらした悪影響や黒幕の歴史はバリ島の人々からすると先祖代々伝わってきた物という認識ですが、実はマジャパヒットととある人物の巧みな陰謀と戦略だということはバリ島の人にも知らない。

カースト制度

マジャパヒット王国にはトリワンサというカースト制度が存在してました。トリは3つ、ワンサは人種や民族という意味です。マジャパヒットは民衆を社会的役割に応じて3つに分類しました。

  • ブラフマナはお坊さん、宗教的リーダー、聖人
  • クサトリアは王族、軍人、政治家
  • ワイシャは農民や一般人

マジャパヒット王国の最も残酷で歴史に伝えられていないことがあります。マジャパヒットは占領した国の子孫の報復を恐れ、必ず女性と子供を虐殺しました。バリ島占領時も同じく民衆が最も尊敬されていたブジャンガ一族(古代バリ島のお坊さん)を残酷に虐殺しました。逃げて虐殺から免れたお坊さん達もいて、その後はひっそりと農民として暮らし現在はブジャンガ一族の子孫はバリ島にいて自由に暮らしています。

バリ島を占領下に置いたマジャパヒットの次の手は新たに社会的地位の最下層の「スードラ」というカーストをつくり、もともとバリ島の人々を「スードラ」に位置付けしました。マジャパヒットは逃げて隠れているバリ島の王族やお坊さんが報復しないように、二度と立ち上がれないように、スードラには新たなルールを作りました。
そのルールとは:

  • スードラの人はクサトリアとブラフマナ階級の人と結婚してはいけない。
  • お坊さんになれるのはブラフマナ階級だけ。王族はクサトリア階級だけ。
  • 上級の階級に敬語や謙譲語を使うこと、など。

このカースト制度を作ったのはドゥイジェンドラ大師という人物です。カースト制度は単なる植民地政策や陰謀だと言うことは多くのバリ島の人は知りません。

バリ島のお坊さん

マジャパヒットのGHQ

前後の日本同様、バリ島を占領後マジャパヒットはGHQのような占領行政を設立しました。ダグラス・マッカーサーのような色んな意味でカリスマ性のあるガジャマダという宰相ではなく、ダラム・クパキサンという人物をバリ島の王様に任命しました。占領行政はマジャパヒット王国が滅びるまで約135年間続き、その後は独立してゲルゲル王国という新たな王国が誕生しました。

ゲルゲル王国はマジャパヒット占領行政初代の王様のダラム・クパキサンの孫、ダラム・ワトゥレンゴン王の時代に黄金期を迎えました。当時王様には必ず宗教的アドバイサー(高祖)がいて、大きな影響力を持っていました。ワトゥレンゴン王時代に宗教的アドバイサー(高祖)になったのは後にバリ島に多大な影響を与えたドゥイジェンドラ大師akaダンヤン・ニラルタakaワウ・ラウ大師です。バリ島では誰もが知っている名前です。

ガジャマダの銅像

ドゥイジェンドラ大師、バリ島史上最も勘違いされた人物

ヒンドゥー教徒からイスラム伝道師へ

1404年東ジャワの町でヒンドゥー教のお坊さんの息子として生まれたドゥイジェンドラはとても優秀な青年。文学や哲学が得意で理想主義者の若者でした。当時のジャワ島はヒンドゥー教のマジャパヒット王国の統治下にあり黄金期をすぎた腐敗した王国になっていました。王族は国民をそっちのけで毎日宴会でお酒と女遊び。これに不満を抱いていた若いドゥイジェンドラは徐々にヒンドゥー教に対しても不信感を持ち、ペルシア、マラッカや中国商人から伝わってきた新しい教え、イスラムに共感をし信仰し始めました。

当時のマジャパヒット王国は他宗教の信仰に寛容でしたので、マジャパヒットの衰退と共にイスラム教が幅広く支持を得ていました。元々とても優秀なドゥイジェンドラはイスラム教の伝道師として活動をし土着の文化や習慣とイスラム教を合体したような、庶民には受けやすい伝え方をしました。イスラム教をインドネシアで広めた功績を讃え、今もドゥイジェンドラはシェイク・シティジュナールという称号で「イスラム9人の伝道師」の一人として崇められています。この話はもちろんイスラム教徒の方々は否定していて、シェイク・シティジュナールはペルシア生まれとされています。

イスラム勢力

シェイク・シティジュナールakaドゥイジェンドラ大師のイスラム教伝道師としての活動はジャワ島だけに留まらずインドネシア東部のバリ島、ロンボク島やスンバワ島までに及んだ。バリ島を含めてインドネシア全土イスラム化しようと野心に満ち溢れていました。
当時のイスラム勢力の大事な拠点はマラッカ海峡にあるマラッカ王国(現在スマトラ島一部&マレーシア)でした。イスラム勢力はスマトラ島はじめジャワ島までイスラム化に成功しました。ヒンドゥー教王国のマジャパヒットがイスラ
ム王国のドゥマックに負けて滅びたをきっかけにジャワ島のイスラム化がいっきに加速しました。西から徐々に迫ってくるイスラム勢力はインドネシア東部にまで広まっていた。

バリ島イスラム化計画

当時のバリ島は1200年以上の歴史をもつバリヒンドゥー教の島。バリ島をイスラム化すると野心を燃やしていたのは他でもなくシェイク・シティジュナールakaドゥイジェンドラ大師でしたが、イスラムはまだ新しい教えでマイノリティーの為、密かにイスラム化計画を企みバリ島へ発ちました。
ドゥイジェンドラ大師バリ島への旅は西海岸から南下してヌガラ、タバナン、ギアニャールそして最後はウルワトゥ寺院で瞑想した時に光となって天へと戻ったと言われています。ドゥイジェンドラ大師は伝道師であり文学者でバリ島での旅路はちゃんと記録していて今も「ドゥイジェンドラ・タトワ」という記録が一般的に正しい歴史として扱われています。

ドゥイジェンドラ・タトワではタナロット寺院やウルワトゥ寺院を建てたなど書かれていて、実はドゥイジェンドラ大師より1200年前にマルカンデヤ大師、その後マドゥラ大師がタナロットを拓き、マルカンデヤ大師、その後クトゥラン大師がウルワトゥを拓きました。ドゥイジェンドラ大師の功績は各寺院をリノベーション程度と言う事実はもちろん書かれていない。

バリ島ウルワトゥ周辺

ドゥイジェンドラ大師は上記でも伝えたようにヒンドゥー教ゲルゲル王国のダラム・ワトゥレンゴン王のアドバイザーも勤め、カースト制度を作った人物です。高い地位を得たドゥイジェンドラ大師はさらなる影響力を持ちバリ島のイスラム化を密かに企んでいて、よりスムーズにイスラム化が行われると思っていましたが、古代からバリ島の伝統を守り、マジャパヒットの統治行政や価値観を認めない村々が多く存在して、昔ながらのバリヒンドゥーの宗教観や価値観を守り続けました。こういった村はバリ島北部、中部や東部に点在していてイスラム化計画は思ったより上手くいかない。

一か八かの決闘

ドゥイジェンドラ大師はバリ島には大きなスピリチュアルのエネルギーを持っていることを知っていて、バリ島を政略できれば全土イスラム化が簡単にできると悟っていました。ジャワ島、ロンボクやスンバワのイスラム化が成功したにも関わらず、より小さな島、バリ島はまだできない。
ドゥイジェンドラ大師はあの手この手を使っても成功できないので、最終手段としてダラム・ワトゥレンゴン王(自分の上司)に一対一の決闘を申し込んだんです!ドゥイジェンドラ大師が勝ったら、バリ島(ゲルゲル王国)はイスラム教を信仰しなくてはならないという条件でした。

決闘の場所はバゲンドラという現在バドゥン県メングウィにある庭園でした。。。
皆さんがご存知の通り現在もバリ島はヒンドゥー教の島です。
ドゥイジェンドラ大師はダラム・ワトゥレンゴン王に負けてそのまま亡くなりました。

インドネシアの地図

現在のバリ島人口の85%はヒンドゥー教徒です。インドネシア人口の85%はイスラム教徒で世界で最もイスラム教人口が多い国です。その中でバリ島だけヒンドゥー教が集中しています。
ヒンドゥー教がいいとか、他宗教は良くないとかという話ではなくて、その地に合う信仰というものがあると言うことと、宗教は身体を追う服装だけであって、バリ島の本質はよりユニバーサルで「自然」や「バランス」を宇宙既望で物質的やスピリチュアル観点から分析する。そのバリ島のコンセプトには共感できます。

マルカンデヤ大師がバリ島は「ノアの方舟」と悟ってから約2000年、信じるか信じないかは別としてバリ島コンセプトの礎を築き2000年たった今もあらゆる場面で色濃く残っているのはバリ島の一つ大きな魅力だと思いますし唯一無二の存在だと思います。
京都府ほど面積の小さな島、バリ島には僕では伝えきれない深い魅力が詰まっていて、壮大なロマン溢れる物語があります。

バリ島物語「小さな島の壮大なストーリー」
おしまい。。。

バリ倶楽部さすけ
バックナンバー:

バリ島物語「小さな島の壮大なストーリー」Part1

バリ島物語「小さな島の壮大なストーリー」Part2

バリ島物語「小さな島の壮大なストーリー」Part3

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